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古代史の謎解きから~

今日は神戸大空襲の日。
子どもの頃から、月日だけは知っていたけれど~
今年は何故か、意識したくなっています~
私の運命も、変えられた日のように思えてきたからです~
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昭和20年3月17日の神戸大空襲では
約300機の米軍機B29が来襲し、34000発の焼夷弾を落とし
神戸市西部の約65000棟が全半焼し、2598人が犠牲になりました。
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当時、私は、まだ3歳、祖母と私は早い目に疎開していたそうで、
何の記憶も残っていませんが~押入れの中にあった、小さい防空頭巾、
私も逃げるために用意してあったのでしょう~覚えています~

検索して知る当時の状況に、過去の現実をよく見ようとしないで
過ごしてきたこれまでの歳月を反省します。

3年前の夏、友人の薦めで、小熊英二さんの大作
「<民主>と<愛国>戦後日本のナショナリズムと公共性」
を、2ヶ月位かけて読みました。 

一度通読したぐらいで何も分かってはいないのですが、
この本と出会ったことから、私の記憶の背景にあったものが
やっと読み取れてきたかな~という気もしています。

先日、書店の子どもの本の売場で、小熊英二著「日本という国」を
見つけたので、早速、購入しました。 
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ぼくたちがいま暮らしているのは、「日本」という国。あたりまえすぎて、
考えたことなんてないかもしれないけど、じゃあ、「日本」って、
いったいいつ、だれによって、なんのために、どんなふうに作り出されたのか、
きみは知っている? みずから「学ぶ」ことの意味とそのための技法に触れながら、
いまにつながる「歴史」を知り、未来を探るために描かれる、刺激的な近代史。
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理論社のホームページ からコピーさせてもらいましたが、
戦争によって我が家が焼けただけでなく、地域社会を失い、
信じていたもの全てが崩壊したと言って良いほどの打撃を受けていた
親世代の姿を、今、あらためて思い起こします。

信じて生きることは大切、でも、
常識とされていること、社会通念というもの、
疑ってみることも大切では?
信じやすいタイプの私のこの頃の思いです。

ということで~古代史の謎解き~はまっています。

Nihon

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心の故郷

遠藤周作さんが、心の故郷である長崎への恩返しのために
書かれたという「女の一生」、
昨秋、知人の薦めで買っておいて良かった!
お陰で読むことができて~手元においておきたくなって~
近頃珍しく、じ~んと来る本でした。

一部「キクの場合」の舞台は、幕末から明治初期の長崎。
二部「サチ子の場合」の舞台は、第二次世界大戦時の長崎。

「私は長崎生まれでもなければ、長崎育ちでもない。
しかし、今から十数年前、この街にはじめて旅してから今日まで、
愛着は深まりこそすれ、弱くなったことはない。」

筆間雑話に書かれている言葉に共感するのは、私も、
出雲に旅してから、い~さんに、ご縁を頂いたこともあって~
出雲への愛着が深まっているからでしょう~

生まれ育った神戸への愛着は当然ですけれど、
神戸には感じられない、さらに深い何か?
が秘められているような気がしています~

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思い込み

「地震に気をつけてね~東京は地震があるから怖いね~
神戸は地震がないから安心やー」

結婚した翌年(1966年)夫の転勤で、
神戸を離れることになったとき、皆に言われた言葉です。

神戸に大地震! 誰が想像したでしょう!

でも現実に起きたのですから、この言葉は迷信、
思い込みによるものだったのですよね~

この思い込みの原因となったのは、
関東大震災で被災した人々が、神戸に移住したことから?
と思ったのは、大好きなバウムクーヘンの会社、 
ユーハイムのHPに書かれていた 創設の歴史からです。

ユーハイム物語
http://www.juchheim.co.jp/group/policy/story/index.html

1921年 ドイツ人ユーハイム夫妻は日本を永住の地と定め、
      横浜に会社設立。翌年3月、日本における一号店を開設。
1923年 9月1日、関東大震災で店が倒壊し、
           避難船に乗って神戸へ移住。
1924年 エキゾチックな元居留地を目の前に見る元生田署前に
           夫妻でユーハイムを開店する。

思い込みも、何かのきっかけから~
そんな気がしてなりません~

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「神戸市電」懐かしの沿線物語

神戸新聞の記事 元町追想 9.市電 (2004/05/24)で、
懐かしい写真~元町6丁目の三越を見つけて喜んでいましたら~

不思議なことに、今日配信の、神戸めるまが倶楽部に、
特集「神戸市電」懐かしの沿線物語 公開中!との知らせ~

webマガジン ふぉと あ・ら・かると
http://kouhou.city.kobe.jp/magazine/

沿線風景いまむかしのトップは、阪急 三ノ宮駅、
震災で、すっかり変わってしまったので、貴重な写真です。

4年間、遠距離通学した懐かしい駅なので、
また画像を、いただいてしまいました。

Imamuka_topimg

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ネットサーフィン~元町追想~

「元町追想 ハイカラ神戸と130年」
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200405moto/index.html

神戸新聞の記事 ですが~
2.老舗 (2004/05/13) 時代の波 超えて息づく
9.市電 (2004/05/24) 東西結んだ「要衝」
特に興味深くて~

元町通りには、宝文館、日東館、大きな書店があったので、
高校時代は、友人と学校帰り、市電に乗って三越前で降りて、
楽しみでした~
懐かしい写真 HPから 頂いてきてしまいました。
 
20年前、母は、あっけなく逝ってしまいましたが、
バブル崩壊、大震災、その後、母の実家は寂れるばかり、
今となっては、良いときに~と思います。

震災後、JR神戸駅前にあった、菅園 という
古いお茶の店を訪ねたら、閉店 でした。

このお店の「玉すだれ」という干菓子は、神戸に古くから
住んでいる人には有名で、お茶席用の上品なお菓子でした。

戦前、祖母が上京するときは、このお菓子をお土産に
していたそうで、私も贈り物にしていたのですが...
幻のお菓子 になってしまい残念!でも、いつか~
復活するかも? ですね~

Photo_4

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ネットサーフィン~元町懐古写真~

亀井堂のHPから 元町六丁目が懐かしくなって
ネットサーフィン~~~~~

紹介したいHPです。
元町懐古写真
http://www.jin.ne.jp/kobe/moto-1/kaiko/

母方の祖母も、母も、
古き良き時代の神戸元町を知っている人、
このHPを見ていると、話してくれた当時のことが、
つい昨日のようにも思えます~

母方と父方の折り合いが悪かったために、
両方の祖母が相次いで亡くなった中学3年生まで、
訪ねることも許されなかった母の実家、
だからよけい、高校時代には、
一人で遊びに行くのが嬉しかった!

4歳からの20年間を過ごした裏六甲の疎開先も、
自然に恵まれていて良かったけれど、
母の実家の店があった元町、特に、三越は、
とても懐かしいところです~

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