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~兵庫の津の物語~

いつかゆっくり読みたいと
買っておいた本ですが~
神戸京都から帰りましたら
急に読みたくなりました (^^)

「歴史海道のターミナル」
  ~兵庫の津の物語~ 

著 者  神木哲男 崎山昌広 
発行年月  1996年4月 

古くは大輪田の泊、
中世以降は兵庫津とよばれ、
瀬戸内海という
「歴史海道」のターミナルとして、
国内はもちろん、
アジアと世界に開かれた門戸であった
兵庫のまちと港。

平清盛による経ケ島の築造から、
勝海舟による幕末の砲台建設まで、
数々の歴史の舞台となってきた
兵庫津の歴史をたどり、
今日の国際港都コウベの
もうひとつのルーツを探る。

ハイカラな神戸元町で育った母が
どうして古い兵庫の商家に嫁いだのか
疑問に思ったこともありましたが

この本を読みながら~
戦前の兵庫の街が持っていた魅力を
感じることができました (^^)v

元禄兵庫津絵図に わたしの生まれた 
西ミヤ内町(西宮内町)を 見つけて
感動しています~   \(^^)/

泣いたら~大仏さんに鳩を見に~
3歳半まで過ごした この街に
大人の話から 描いてきたイメージが
現実のものとして繋がりました~

兵庫の大仏さん 能福寺は 
西ミヤ内町の すぐ近くにあります!

戦争で焼けてしまった 兵庫の街ですが
半世紀後の 阪神大震災の後は~
地域の皆さんによって 歴史の再認識
新しい歩みが始まっているようです (^^)v

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コメント

い~さん
 
むかしを残す~
ほんとうに大変なことですね(^^)

でも意識的に~必要では~
と 思うようになりました (^^)

効率優先が当たり前になって
壊れてしまったものにも気づけない?

田舎も変ってきているのですね~
変り過ぎた都会は落ち着きません(>_<)

投稿: ま~さん | 2009年8月20日 (木) 20時35分

田舎でも~
むかし遊んだ川の流れや水門が
田んぼの区画整理などで
変ってしまって
あ~そうだったなぁと
思うこともしばしばです
都会にあっては
激変でしょう~ね

むかしを残すというのは
いろんな意味で大変なことですね (^_-)~☆

投稿: 維真尽(^.^) | 2009年8月19日 (水) 17時30分

うっちゃん

>そこに有るだけで幸せです””
嬉しい言葉を有難うございます m(__)m

西宮内町という地名は今も残っている
のですけれど~焼けた後の区画整理で 
昔と違うところに移っているのです~

今回 古地図を見て 子どもの頃に
聞いた話と 繋がったのが嬉しくて~

ここを知っていた人は もうみんな
あの世に逝ってしまいましたけれど
この地図をみたら どんなに
喜ぶかしらと思ってしまいました (^^)

投稿: ま~さん | 2009年8月18日 (火) 21時20分

ひーさん

歴史と地理を繋げて掘り起こすと
興味は尽きませんね~
ひーさんのように 生まれ育った
仙台に今現在も~羨ましいです~

わたしも どこかに集中したいと
思いながら~ なかなかです (^^;

古代まで掘り起こすと 
海岸線は かなりの地盤変化がある
ようですね~(- -)

投稿: ま~さん | 2009年8月18日 (火) 21時14分

歴史有る絵図の中にルーツを見つけられるなんて
感動でしたね!
お母様への郷愁と共に忘れがたいふるさと・・・・・
そこに有るだけで幸せです””

投稿: うっちゃん | 2009年8月17日 (月) 21時26分

都には津がありましたね。
私の記事は、地元の記事が多いのですが、奈良時代(記録があるのは724年)あたりから国府が築かれやはり、そこには国府津がありました。
現在の塩釜市香津町です。しかし、今はここに港があったのかと思う程面影がありません。
地盤変化があったのかも知れませんね。

投稿: ひー | 2009年8月17日 (月) 15時39分

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